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ごあいさつ
姫路城・別名白鷺城(しらさぎ)ともいうその姿は、白鷺が両翼を拡げた様
に優雅にして華麗、正に天下の名城である。その起源をたずねると、1346年 (正平1年)赤村則村・貞範父子が「姫山の城」を築いたことに始まるが、その 後数代を経て1580年(天正8年)豊臣秀吉が黒田孝高に代わってこの城に入 り、新たに縄張りをさせ3重の天守を築くに至って、城郭とその規模は整った。 関ヶ原の役ののち、池田輝政が中国・四国方面の鎮護の任務を帯びてこの 地に封ぜられ、姫路城の大改造を企て1601年(慶長6年)土工を起し、1608年 から天守の築造にかかった。現存する天守閣はこの時のものである。 当社はその北麗に明治年間に業を興して以来、当播州地方の温暖な気
候、豊かにして良質の水、又瀬戸内の塩に恵まれ最高の麺作りをモットーに 幾多の苦難に屈する事なく製品の改良に努め、麺業界のリーダーとして時代 の一歩前を行く製品を次々と世に送り出し、今日極秘の製法をもって製造し た最も注目される、そうめん・ひやむぎ・うどん・きしめん・そばを作り出しまし た。これらの製品を心ゆくまで御賞味・御愛用お願い申し上げます。 播州そうめん発展の由来
播州地方には文化年間、揖保郡神岡村、森崎忠右衛門、宝山常右衛門が
大和三輪からその製法を導入したといわれ、この地播州は気候極めて温和、 中国山脈より南流する河川の流域は土壌豊沃、ここに産する小麦は粘力に 富み、瀬戸内沿岸に製する良塩と相俟って揖保、林田、夢前、市川等各河川 の流域の急流を利用、水車製粉し、冬期農家の副業としての、手延べそうめ んの生産は徐々に高まり現在に至る。一方明治中期量産とコストの低減を目 指して機械製麺法を始めて、両業相集う「播州めん」として全国最高の麺産地 を形成し、乾麺と言えば播州、播州と言えば乾麺を連想されるに至りました。 田靡製麺株式会社
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